英国を象徴する二つのブランドからなるジャガー・ランドローバー。2008年以降、ブランド・アイデンティティを再定義したことで、ジャガーはジェントルなサルーンのイメージから、かつてル・マンで3年連続の優勝を果たしたD Typeの流れを汲む官能的なスポーツカーのブランドへ。ランドローバーは4輪駆動の専業メーカーから元祖ラグジュアリーSUVのレンジローバー・シリーズに代表される最もプレステージの高いSUVブランドへと進化を遂げた。
英国の2大プレミアムブランドの整備を請け負うことになる同正規ディーラーグループの整備士。その醍醐味に迫るべく、トレーニング部門のトップと現場の整備士のお二人にお話を伺った。(取材地:ジャガー・ランドローバー柏、ミッドランズ株式会社)
目次
- トレーニング&パフォーマンス マネージャー 内藤 久善 氏
- 整備士/テクニシャン 高野 慎一郎 氏
車が好きですか?
一生部品を交換し続けるだけで、満足ですか?
ジャガー/ランドローバー車を
整備すること、とは。
輸入車というと、国産車に比べて整備しづらい印象を持たれるかもしれません。確かに国産車は整備自体がシステム化されていて、部品を交換するだけで修理が完了してしまう場合がほとんどと聞きます。でも…本来整備士というのは、そんな簡単な仕事でしょうか?
他社で整備士やメカニックと呼ばれる存在を、ジャガー・ランドローバーでは「テクニシャン」と呼んでいます。ジャガー・ランドローバー自体が、乗り手の悦びを大切にクルマ作りをしているように、その整備を手がける方々にも、車の声を聴き、メカを直す…「手をかける悦び」というものを大切にしてほしい。単なるパーツ交換屋ではなく、「高い技能を持つ人を育てたい」という思いが込められているんです。
「高い技術を持つ人に来て欲しい」ではなく
「高い技術を持つ人を育てたい」というのがポイントですね。
はい。整備の内容が高度であることと、作業そのものの難易度が高いというのは、まるで別のお話です。英国というのは合理主義の国ですから、故障診断にもステップが明確に決められています。決められた段階を踏めば必ず故障原因にたどり着ける点は、国産車で言われるコツ・カン型より容易といえるかもしれません。
研修等も整備されているのでしょうか?
もちろん、手厚いものを用意していますよ。『ジャガー・ランドローバー・アカデミー』がおこなう、英国本社で定めるGlobal Technical学習課程・資格認定制度です。初任者レベルからレベル4まで階層別にカリキュラムが設けられ、その中にそれぞれ学習内容ごとにeラーニング→自己学習教材→集合研修→修了テストの4段階を用意しています。
初任者レベルは整備士学校修了のスタートレベル。レベル2は一般的な点検整備・基礎診断を担う能力。レベル3は適切な診断装置を使用して原因の特定・正確な修理方法・作業指示ができる能力。そしてレベル4は、さらに高度な診断能力と問診力が問われ、ワークショップコントローラー候補となります。レベル4の認定を受けるとマスターテクニシャンの称号を得られ顕彰されるとともに特別なワークウェアを贈られます。レベル4のカリキュラムにある顧客対応コースは他ではそう受けられない内容ですから、受講者にはけっこう面白いと思って頂いていますね。
経験者で入社した場合、どのレベルからのスタートになりますか?
経験者採用の場合は、整備士学校で習う基礎的な内容はカバーできているため、レベル2の学習課程から学んで頂きます。例外として、他社で既に上級資格を取られた方は、ジャガー・ランドローバー本国に申請してレベル2~3のカリキュラムのほとんどを免除で、いきなりレベル3の試験に挑戦できるファスト・トラック制度があります。
様々な輸入車ブランドを経験しましたが、ジャガー・ランドローバーのトレーニングカリキュラムは大変良くできていると思います。愛知県豊橋市にジャガー・ランドローバー・アカデミーのテクニカル・トレーニングセンターがあり、良い環境で学んでいただけます。ダイアグノシスなんかは特に重要ですから、最新の診断機器を用意しています。またテクニカルトレーナーはL4マスターテクニシャンとそのカリキュラム教授資格を持ちJLR Global Trainer Accreditation プログラムを修了した優秀な人材を揃えることができました。
電気自動車向けの研修もあるのでしょうか?
もちろん。他の欧州プレミアムメーカー各社に先駆け、90kWhのリチウムイオンバッテリーを持つ四輪駆動のエレクトリック・パフォーマンスSUV「I-PACE」をリリースしましたから。400Vの高電圧を扱うリスクから、受講資格はレベル3修了以上に限定し、パワーダウンからバッテリーパックの交換修理まで対応できるよう、EV専用の4段階の資格レベルと研修を設定しています。
接客をしない、冷暖房の導入…
整備士が整備に没頭できるために。
テクニシャンのキャリアパスを教えて下さい。
まずは『ジャガー・ランドローバー・アカデミー』でレベル2・3・4と資格レベルに挑戦し、同時に資格レベルに合わせたEVの資格を取って頂くのが大まかな流れです。
その後は、希望と適性次第。マネジメントに進みたい方はワークショップコントローラー(工場長)やサービスマネージャー、車をいじっていたい現場主義の方はマスターテクニシャンとして従事いただきます。
マスターテクニシャンは2020年1月末現在、国内で29名。まずは各ディーラーに1人以上、レベル4修了のマスターテクニシャンを在籍させるよう各ディーラーに働きかけ、バックアップしています。
接客(サービスアドバイザー)の
必要はないんですね?
はい。ジャガー・ランドローバーでは完全分業制で、サービスアドバイザーの業務をテクニシャンが行うことはありません。日本だと整備経験者がサービスアドバイザーに異動するケースが多いですが、弊社のサービスアドバイザーは顧客対応職種という位置づけですから、整備経験よりコミュニケーション力を重視しています。女性の方が多く活躍していますね。
もちろん先ほどお伝えした通り、テクニシャンもレベル4になれば故障原因特定のために問診を行うことは必要ですが、基本的には120%車と向き合って頂き、整備に全力を注いで欲しいというのが我々の考え方です。ディーラーの整備部門は、我々ジャガー・ランドローバーのブランド戦略上、非常に重要な役割を持っていますから。
こちら(ジャガー・ランドローバー柏)の工場はエアコンが完備されていますね。
かなり整備士を大切にされている印象を受けました。
そうですね。ここだけでなく、従来の拠点でも最新のCIに準拠したワークショップに転換を進めていますから冷暖房完備の工場が多いです。これは、弊社がお客様満足だけでなく、従業員満足を重視していることが大きいですね。
最初にお話しした「車の声を聴き、メカを直す…手をかける悦びを大切にしてほしい」ということにも繋がるのですが…たとえ接客を行わなくとも、整備内容を通じて、テクニシャンが車と向き合っているときの愛情は、必ず伝わります。「車を愛し、整備に熱中してくれる人に自分の愛車を任せたい。再修理を出さず、一発で直してくれる人にお願いしたい」そう思うでしょう。だから我々は、整備士がメカと向き合うことを純粋に、とことん楽しめる環境を提供したいと考えています。
整備士の愛がブランドのファンを生む。
ジャガーのスローガンは「THE ART OF PERFORMANCE」。パフォーマンスを
定義するのはスペックよりも感性…顧客の感じ方だと仰る御社らしいですね。
かもしれませんね。ジャガー・ランドローバーで働く人は、皆ジャガーやランドローバー車が大好きです。その愛情に会社としても応えたい。従業員満足度を掲げるブランドは他にもありますが、社長のマグナス・ハンソン自らがディーラー会議で毎回必ず整備士の待遇と環境を重要視するよう言っているのは、ウチくらいじゃないですか?
働き方改革が叫ばれる日本の中で、整備士業界にはまだまだ旧態依然としたところが残っていますよね。そんな中、マグナス・ハンソンは、ジャガー・ランドローバー・グループを現代的な自動車ビジネスへと昇華させたいという想いを持っています。その軸になるのが、従業員の教育であり、モチベーションであり、満足度だと。お客様も従業員もハッピーというのが、我々の考え方なんです。
現在、ジャガー・ランドローバーのディーラーは、およそ各都道府県に
一店舗ずつ存在していますね。出店計画など含め、今後の展望を教えて下さい。
現在、日本には約40の正規ディーラーがありますが、他ブランドのように大量出店を行うつもりはありません。ディーラー同士を競わせるのではなく、各エリアに責任を持っていただいて、全国のお客様と良好な関係を築きたいというのが我々の考え方です。
ジャガー・ランドローバーにとっての日本市場は、決して大きくはありません。メルセデスやBMWが5~6万台を販売する中、弊社の目標は年間1万台のキャパシティを維持強化していくことにあります。我々英国の車づくりに共感して頂ける方に乗って頂きたいと考えています。
合併を機に、我々はインドのタタグループの傘下に入りましたが、幸いなことにタタは潤沢な資金を投資してくれながらも、開発や設計には一切関与しないとしています。お陰で今まで以上に、英国文化のこだわりの詰まったクルマ作りを推し進められています。現在のデザイン性に優れたラグジュリーでハイパフォーマンスなモデルのみならず、電気自動車や自動運転、これを活用した交通システムなど…幅広く研究開発を進めてきたものが、これからも続々と新車に投入されていくことでしょう。
これからテクニシャンになる方には、最先端のフィールドで、最先端のクルマを整備する悦びをぜひ、味わっていただきたいですね。あなたのその悦びあふれる整備こそが、お客様とジャガー・ランドローバー車の絆をさらに深めるのですから。
国産車より整備が難しい?
いえいえそんなことはありません。
卒業後ジャガーを選んだのはなぜですか?
もともとセルシオとかいかついクルマが好きだったんですが、あるときジャガーの丸目四灯XJ308に一目惚れしまして…。輸入車は国産車に比べて整備が難しいとかいろいろ言われましたけど、もう「ジャガーがやりたい」の一点で入社しましたね(笑)。その後、会社の計らいでありがたくXJ308を所有することができました。
実際、国産車と比べて整備は難しいですか?
うーん、そう言いますけど、本当にちょっとした違いくらいじゃないのかなぁ…。僕も一度ジャガーを辞めて中古車ディーラーに勤務していた頃に、国産・ドイツ・フランス…いろんな国のクルマを触りましたけど、国によってカンタン・難しいというのは感じませんでしたね。自分の周りの、国産車出身のテクニシャンからも特別難しいと聞いたことはありません。違いと言えば工具くらいじゃないですかね。
では、難しさ以外で
国産車との違いは何ですか?
これは僕の周りの人も言っていることですが…一台一台とじっくり向き合える点ですね。国産ディーラーだと一日の整備台数は5~6台。一方、ジャガー・ランドローバーは2~3台。ディーラーにもよりますが、ジャガー・ランドローバー柏はエアコンが付いてるので、冬に手がかじかんでねじ回せない…みたいなこともなく、とことんクルマの整備に没頭できるんです。いや、本当にエアコンなしには戻れないっすよ(笑)。
ジャガーとランドローバーと両方の整備をするんですよね?
はい。最近ランドローバーが流行っているからか、自分の店だと少しランドローバーの方が入庫が多めですね。スポーツサルーンとSUVという全く毛色の違うブランドのクルマを整備するわけですが、今どきの車は同じエンジン積んでもコンピューターでいくらでも味付け変えられるじゃないですか。ジャガー・ランドローバー車も同様で。2駆寄りのAWDと4WDと、形もフィーリングも全く別の車ですが、エンジンをはじめパーツは共通化されています。まあ、昔はフォードの部品やボルボのエンジンを積んでたりとカオスだったんですけど、最近は旧車の入庫がめっきり減ってますから、安心して下さい(笑)。
自然と整備を極めたくなる環境。
ジャガー・ランドローバー車を
整備する楽しさは?
最先端技術だったり、独自の作りだったり…とかくこだわった作りをしている車なので、整備するたびに発見があるのが車好きとしてはたまらないですね。「ここ、何でこんな作りになってるんだ?」と首をかしげるような構造も、バラしていくうちにその理由がわかって、「なるほど!すげぇ」って感動する。時にはまだ誰も直したことのない故障にぶち当たったりもします。そのときは「これ直せたら自分が史上初じゃん」と歴史に名が刻まれるような感じがして燃えますね。
マスターテクニシャンを目指されている高野さんから見て、
『ジャガー・ランドローバー・アカデミー』の研修はいかがですか?
めちゃくちゃためになってます。研修内容がしっかりしているからこそ、レベル4・マスターテクニシャンを取りたくなったわけでして。研修って、「義務感で受けなきゃいけない」みたいなのが多いじゃないですか。でもウチのは違う。もともとジャガー好きな僕が整備や勉強を通してランドローバーも好きになり、どちらの整備も極めたいっていう気持ちが自然とわいてきています。そういう「こちら側のやる気」を引き出してくれるようなところがあるので、いい研修なんだなと思います。
最後に、
どんな人がジャガー・ランドローバーの
テクニシャンに向いていると思いますか?
ジャガー・ランドローバーというブランドが好き、または好きになれる人。そして、クルマいじりが好き、パーツ交換だけでは物足りないという、整備を心から楽しめる人ですね。先ほど内藤も言ってましたが、テクニシャンのクルマへの愛情はお客さんに伝わります。整備士が整備を楽しむことがブランドの一部に繋がっていく…という経験は、なかなかできるものじゃありません。自分は一流の整備士だという自信にも繋がると思います。この記事を読んで下さっている方にも、そういう活き活きとした感覚をぜひ、味わってもらいたいですね。